最優秀賞は賞金20万円
そういえば前職には社長賞なんていうものがあった。社員やチームの取組みに対して自薦でも他薦でも構わず、社長賞に応募することで、正体不明の社長賞選出委員会が内容を審査して賞を授与してくれるというものであった。
最優秀賞が20万円だったこともあり、ほかの部門を見れば、いつもよりもやる気に満ち溢れていて、なにがなんでも最優秀賞をもぎ取ろうという貪欲な姿勢がありありと伺えた。その自己評価の高さに少し恐ろしさも感じたが、多少フカし気味でも自信を持って自分の成果を謳うことは、人の目にも留まるので、広告と同じで認知を得るためには必要なことでもある。
一方私が所属していた部門は皆優れた能力があり、成果を出していたものの、赤字だったこともあり、社長賞への応募にためらいを感じる人間が多かったのだが、流石になにも出さないのはいかがなものかと部門長が言うので、部門以下の各部署で最低ひとつは捻り出して応募することになった。
私がいた部署は実験的な試みや新規開発が多い部署でもあったので、いくつか出せるネタがあり、当時流行っていたAI導入による製品の大幅な改良や、某小型PCボードを使った新製品に焦点があてられた。しかし、前者については導入はできたものの、まだ結果が出揃っていないという理由から部門長判断で却下となったので、後者の案で応募することにした。先輩と一緒に「社長賞取れたら部署のみんなで飲みに行きましょう」なんて冗談をかましていた。
与えられた仕事をして社長賞!?
さて、そんな社長賞だが、結果はと言うと賞金1万円であった。がんばったで賞である。先輩が「半分ずつでいい?」と言うので5千円ずつ分け合った。うーん、社長賞はかくも求められる水準が高いものなのかと感じた。
映えある最優秀賞を取ったのは隣の部署の人間だった。総評では「顧客の要望に迅速に対応してブランドの信頼を勝ち取った」みたいなことが書かれていたが、その実態は上司から与えられた仕事をいつも通り淡々とこなしていただけというものであった。彼と同じ部署にいる同期とも「そんなことあっていいのか?ほかにもっと最優秀賞に相応しいものがあったじゃないか」とそんな話をしたのを覚えている。
私自身は、その結果にこそ奇妙さを感じていたが、社長賞自体は貰えれば運が良かった程度に捉えていたのでそれほど落胆はなかった。もしかしたら社長のような経営者の視点からすれば、彼に最優秀賞を与えるに足る理由があったのではないかとも考えて、自分を納得させることにした。
社長賞は建前だった
今になって考えると前職はよく統制の取れた組織だったように思う。一担当に知らされる情報というのはごく限られていて、ニュースリリースで初めて知る情報も多かった。私を含む下っ端社員は上層部の考えていることは知る由もなかったし、上司も口が固かったので言われるがままに仕事をこなす毎日で、それが故に社員の士気は低かった。行き過ぎた情報統制はやる気や信頼を損なうので加減が難しい。
前職を辞める寸前にもう最後だからと、入社してからずっとお世話になっていた上司に、会社の内情について話せる程度であれこれ答え合わせというか、ネタバラシをしてもらった。ちょうど私が退職を表明した直前に社長賞の発表があったので、そのことにも少し触れたら「あれはうだつの上がらない中堅社員の景気付けのためで、お前みたいなのには与えないんだ」と教えてもらった。ほほー。
最近私は論理的に納得できないことがあれば、金か権力が作用しているのではないかと考えている。この場合は直接的に金や権力ではないが、社長賞を皮切りに彼が自信を手に入れて大きく成長するのであれば、それは将来的に会社への貢献に繋がるので、やはり理由は金である。それに対する投資が20万円なら安いものだ。
このできごとを通じて、組織内での評価というのは必ずしも実績や能力を正当に評価するものではなく、組織の思惑や戦略に基づいていることもあるのだなあと強く実感させられるいい経験となった。