特に買うわけでもない

以前よりは頻度は減ったが、それでも最近は意識して書店に行くようにしている。それは流行を掴むためだ。早起きしていたころは朝のニュース番組で、世の中でどういうメディアが流行っているのかをキャッチアップできていたが、生活スタイルが変わったことで朝にテレビを見なくなった。

昼と夜にはテレビを見るが、政治・経済・事件・事故などの把握に留まる。それも最近のテレビは予算の都合かポリコレの都合か分からないが、どの局でも似たか寄ったかのクイズ番組や食べ歩きレポートに溢れており、観るものがないなあと感じるからだ。子供のころを思い返すと、大人は何が面白くて政治経済のニュースを見ているのかまったくわからなかったが、いまや正反対の感想を持つようになってしまった。

最近はSNSや映像配信サービスが普及してきたこともあり、テレビがなくてもニュースを見ることができるし、インフルエンサーが興味深い話題を投稿すれば、タイムラインに流れてくるので、わざわざこちらから出向かなくてもよくなった。しかし、それで本当にいいのだろうかとも疑問が湧いてくる。バズっている話題や自分の好みの情報だけを与えられて満足してはいないだろうか?

学生時代に英語の教師が「電子辞書は調べたものしか出てこないが、紙の辞書は周辺の情報も同時に拾える」なんてことを言っていたが、これと同じことが起きているようにも感じる。

本の価値が低くなってきた

今や多くの情報はインターネットで拾える。電子書籍やサブスクリプションの普及によって、かつては紙媒体でしか得られなかったものですらダウンロード購入できるようになった。なにかが発売されればいくつものWikiやまとめサイトが立ち上げられるし、SNSでは個人が情報発信できるので、体系的な知識が必要なければそれで十分になってしまった。

それに紙媒体は情報のアップデートに弱い。Wikiなら新情報が出たらすぐに情報を更新できるが、紙ではそうはいかない。情報を主として扱う雑誌の価値は大きく下がってきているように感じる。

それでも価値のあるもの

しかし、それでも本にはまだ価値が残っている。私の主観にはなるが、この時代でも価値を見出せるものには以下のものがある。

いつでも売っている本

子供のときに見た本が印刷や装丁を現代風にして売られ続けている。時が経っても変わらぬ価値を提供できる作品は名著と言わざるを得ない。

学術書

学術書は時代の流れに左右されにくい。それなりの立場にある人間が書いているので、誰だか知らない配信者が教えてくれる知識よりもよほど信憑性がある。特に不変的な法則を取扱うものは本のほうがいい。

グラビア

人は静止画だと魅力がわかりにくいものである。素材がよければそれなりに写るだろうが、素人の写真はフィルターでもかけていない限りはあまり魅力を表現できないだろう。しかし、いざその人と会ってみれば表情の移り変わりや仕草という動的な要素が加わり魅力的に感じることからも、やはりプロのカメラマンが被写体を切り抜く技術は流石と言わざるを得ない。

ビジネス

時代の流れとともに金儲けの手段や何に価値を見出すかの捉え方も変わってくる。いつの間にか新しくなっていた世界で取り残されないようにしなければならない。ただ、金が湧くところには胡散臭い輩も湧く。変な略語やカタカナ語を連発するようになれとは言わないが、資本主義経済でどのように資産を増やすかということと同時に、金を奪いにくる輩からいかに身を守るのかを学ぶことも肝要だ。

コミュニケーション

人は幸か不幸か感情を持ち、個体同士連携しあって活動をする高度な文明を築いてしまった。今や武力や権力だけで統治できる時代は終わり、コミュニティの一員として、みんなで利益を享受するためのコミュニケーション技術を磨くことは現代の大きな課題となった。

今日も何も買わなかった

そんなことを思いつつ、結局今日も何も買わずに書店を出てきたのだが、毎回なにかしら得られるものはある。しかし、あの書店はどうやって儲けているのだろうか?謎は深まるばかりである。