生成AIが一般利用者でも気軽に使えるようになり、よりAIの存在が身近に感じられるようになった。最初は使い物にならない雰囲気もあったが、最近ではちょっとした調べ物やコーディングの補助用途であれば十分実用に耐えうる。
我々ユーザーにとっても生成AIとの遭遇は初めての経験だったし、やってみて分かることもあったので、手探りでやって知見を共有するという泥臭い方法を取りつつも、うまく生成AIという新しいツールを取り入れて生産性を上げようという努力が随所で見られる。
〇〇を入れるといいぞ!
生成AIについては様々な知見が共有されてきた。直接的な指示をするだとか、ステップバイスイップで情報を伝達するといった基本的なことから、先日ではパワハラプロンプトのような人間相手には到底できない荒技まで登場した。
あらゆる指示を尽くして正確な情報を得ようとする涙ぐましい努力には素直に敬服するし、自分にも思いつかないことだったので、人間はまだまだ面白いと感じさせる。
必要なのは相手に伝わる言葉選び
しかし、これらの指示は人間に対しても同じことをすればちゃんと伝わるのだ。生成AIのプロンプトは言葉の丁寧さがなくパワハラ気質かもしれないが、言葉の曖昧さをなくして丁寧な説明を尽くせば、本人の認知が歪んでいない限りはこちらが考えていることが相手に伝えられるのだ1。
そして、我々は生成AIを壁打ち役にして今それに気づこうとしている。いや、もしかしたら気づいておらず、インフルエンサーの「〇〇と入れるといいぞ!」という魅力的に見えるエサを拾っては生成AIに投げつけているだけなのかもしれない。
抽象概念を捉える
大切なのは適切な言葉で相手に伝える能力であって、具体的な個々の言葉ではない。ある文脈にあるときに、自分の目的を達成するための適切な言葉を繰り出せるような、抽象的に物事を捉えられるレイヤーにいないと、いつまで経っても人から教えてもらったことをただ試しているという同じことの繰り返しだ。
人間相手であれば前提知識や文脈が最初から共有されていることがあるので、拙い言葉で話しかけても相手が勝手に解釈してくれるが、生成AIはそうではない。スーパーのレジ店員がセルフレジという機械に置き換わり、今やセルフレジが使えないと買い物ができない時代が到来したように、生成AIとのコミュニケーションが取れないと徐々にこの先の時代を乗り越えられない人間になってしまうのではないか?そして真に職を奪われる人というのはそういう人たちなのではないか?と思うのである。
Footnotes
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人間には感情や損得勘定があるので動いてくれるかは別だが。 ↩