最近の𝕏のトレンドを見ていると、OpenAI社からSora2という動画生成モデルがリリースされたようだ。私もいくつかSora2で生成された動画を見たが、その出来栄えは凄まじく、フェイク動画を作られたら真贋がつきにくくなる段階に来ていると言える。
ここでは個人的に面白かったものをいくつか挙げる:
どう正しさを見極めるか
動画を見てみると、これまでのAIに特徴的なのっぺりさが抑えられてきているし、ぱっと見て本物と見間違うほど出来になっている。内容が内容なのとウォーターマークが入っているので偽物と分かるが、真面目な内容だった場合に区別が付くのか自分でも怪しく感じられてきた。
そうなるとウォーターマークのような見てわかるようなものでは正しさを証明できなくなってくる。精度の高い動画を作れるのなら偽のウォーターマークを入れることも可能であるわけで、そもそも丸ごと偽物だった場合に区別がつかない。そのため、おそらく近いうちに動画フォーマットに対して改竄防止や検証機能が追加されて一般的になるのかもしれない。
世の中にどれだけ気がついている人がいるかはわからないが、最近のYouTubeにも真偽不明の動画が増えてきた。創作話をあたかも本当にあった出来事のように語るものもあれば、出典不明や聞いたことのない2ch/5chコピペもある1。SNSの普及に伴ってまとめブログは役目を終えたのか確認できなくなったものも多いし、2ch/5chの元投稿も過去ログの彼方に消えてしまったので、私の記憶頼りになってしまっている。証拠がないにも関わらず、あると言い張っている陰謀論者みたいな風でもある。
そうなると真贋や出典だけでなく情報があったことやその確からしさを保証する仕組みも必要かもしれない。ついこの間登場したブロックチェーンはこの用途に最適と思われたが、残念ながら仮想通貨やWeb3.0というムーブメントの胡散臭さ加減やビジネスとの親和性の課題、過剰な期待もあって伸び悩んだように見える。
人間は影響される生物
人間は情報に晒され続けると次第にその情報の影響を受けてくる。単純接触効果のように次第に好感度が高まってくることもあるし、その論調が強いとそれが真実のように思えてもくる。フェイクニュースに晒され続ければ、最初は偽物だとわかっていても、そのうちに印象的な部分だけが記憶に残って偽物というメタ情報はいつの間にかなくなっているかもしれない。
AIによって身近なあれこれが便利になってきた反面、悪さの質も向上してきている。これは極論ではなく、今後は自分が付き合うメディアを見極めていかないと、自分の記憶や思想が操作されていく危険な時代が来ているようにも感じる2。
プログラマはどうなるか
コンテンツだけでなくそのクリエイターもAIに向き合う姿勢を表明しなければならない時期も迫っているのではないか、とも感じる。例えばプログラマであれば、ちょっと風呂場で考えた限りは、プロジェクトレベルにしろ、個人レベルにしろ、
- Human Coded (人間が記述)
- Human Coded, AI Assisted (人間が記述・AI補助あり)
- AI Coded, Human Assisted (AIが記述・人間補助あり)
のようなAIとの連携度合いを明示するような流れになってもおかしくはない。プログラマの文脈において純粋なHuman Codedは最善の選択肢でないことが多いので、二者択一になるのではないかと考えている。もしかしたら賢い人がCreative Commonsの分類のようにもっと細分化してくれるかもしれない。