妹は知っている

最近漫画アプリで妹は知っているを読んでいる。ハガキ職人でもある主人公三木(ラジオネーム:フルーツパフェ)の日常を描いた話なのだが、ラジオで採用される投稿からは想像もつかないほどのコミュニケーション下手で、隣の部屋に住んでいる芸能人の妹や職場の同僚をはじめとした人たちとの言葉の掛け合いが絶妙で癖になる作品だ。

その第27~28話では、揉みタイガー(ラジオネーム)に焦点があたっている。揉みタイガーも小さいときからハガキ職人のひとりで、番組のコーナーで連戦連勝を重ねるも、ある日フルーツパフェに王座を奪われてしまう。それから何年も経ち、昔からの夢で放送業界に就職しようと努力はしているものの、ファミレスで働き続けて今や29歳のフリーターである。

そして先日ラジオに常連ハガキ職人の紹介枠でフルーツパフェと一緒にゲスト出演した際に、社交辞令でご飯でもと誘ったらそこは流石のフルーツパフェである、言葉をそのまま受け取ってふたりは居酒屋に行くことに。かつて王座を奪われたことや、ラジオ局でフルーツパフェが放送作家になる気はないか?などと声をかけられていたことを思い出すも、自分に才能がないだけであってフルーツパフェを妬むのは違うと必死に自分に言い聞かせている。

しかし、そこでフルーツパフェは「ハガキを送り始めたのは昔揉みタイガーさんがラジオに電話出演したときのコメントのおかげなんです」と告白する。もちろん本人はそんなこと覚えていないし、憎きライバルだと思っていた目の前の人間が、実は自分の言葉に救われていたなんて思いもしなかったのである。飲み会終わりにはすっかり揉みタイガーは毒気を抜かれ、自分の夢に向かっていく決意をするのだった。

上司に言われた言葉

私にもそういう経験がある。新卒で入った会社では、入社後に1ヶ月ほどの研修があったのだが、それを終えて向かった先は配属先の研究開発部門だった。新人は初回面談するという話だったので、さっそく現場リーダーの係長ふたりと面談をした。

そのうちの片方は私が退職するまでお世話になる人だったのだが、一目見て気難しそうなオヤジでなにか嫌なことでもあったのか腕を組んで貧乏ゆすりをしている。険しい顔をしながら色々と会社員としての矜持を持てということを言っていたように思うが、その中で唯一覚えているのは「この会社で研究開発部門にいられるというのは一番の花形で出世コースだ」と言われたことだ。

最近の世論では「じゃあ研究開発しない人はどうでもいいってことですか?」という反論が来るかもしれないが、彼の言いたかったことは独創性や創造性を発揮する唯一無二の人材になれということだと受け取って、以来その言葉を時折思い出しては花形でいられ続けるように努力してきたつもりだ。

ありがたいことにそれからはずっと研究開発部門に籍を置くことができたが、数年前に一身上の都合で転職を告げると、その上司のほうから一度ふたりで飲みに行きたかったんだと誘われて退職前に居酒屋に行くことになった。会話の流れでその話を出して、その言葉を励みに頑張ってきたし、これまでやってこれたので感謝していると伝えたら、照れ隠しかもしれないが「そんなこと言ったっけ?」と返された。当時本人としては新人相手に投げかけた言葉のひとつだったのかもしれないが、確かに私の支えになっていたのだ。

後輩に投げかけた言葉

それで私が転職してしばらくたったころ、大学の後輩がちょうど私の家の近くまで来たので、飲みに行きませんかと誘ってきた。その後輩は有名企業に入って同じく研究開発職をしているのだが、最近は部下をどう扱うのかに苦心しているそう。

居酒屋で近況を聞いたり話したり、そうかお互い大変か、などと笑いながら適当に相槌を打っていたら、「〇〇さんに言われた言葉を部下にも同じく伝えているんです」といきなり言われて、なんのこっちゃである。身に覚えがないので聞いてみると、社会人としての報告・連絡・相談や意見の持ち寄り方を教育することで悩んでいたようで、そういうときに「で、お前はなにがしたいの?」と投げかけているのだという。思い返してみれば後輩とも昔そんなやりとりをしたような気もする。

そのときの自分は研究かなにかでコードを書いていたときに、後輩から整理されていない支離滅裂な相談を持ちかけられたのだが、ある程度自分で考えを持ってから話を持ってきて欲しかったし、学生時代は私も今ほどは人間ができていなかったこともあり、少し苛立ちを感じつつも「なにがしたいの?」と聞き返したのだ。すると後輩は「なにがしたい?…なにが…したい…?自分はなにがしたいんだ…?なにがしたいんだろう…ブツブツ」と言いつつ自分の席に戻って行き、自問自答を始めた。数ある後輩とのやりとりのひとつではあったのだが、まさか自分にとってまったく気に留めていなかった出来事がその後に影響を与えていたなんて思いもしなかったのだ。

そんな感じで、自分にとっては当たり前であっても、ふとした言葉が相手にとってとても大切なものになることはあるのだなあと、揉みタイガーとフルーツパフェのやりとりを見て思い出したのである。