私はオバケが怖い。
なぜオバケが怖いのか?
しかしなぜ人はオバケを怖がるのだろうか?と考えると、小さいときから親にオバケは怖いものとして教えられるし、寝ないとオバケが来てオバケの国に連れて行くぞと脅されるからである。私も小さいときからオバケという見えない恐怖に怯えてきた。
夜になって寝る前にベッドの下にオバケがいないかとか、トイレに行く途中に出くわしたらどうしようとか、今考えるとそんなものと思えることでビクビクするのである。極めつけは当時テレビで放映された都市伝説特集で、親の前だったので平静は装っていたものの、その日は怖くてなかなか寝付けなかった。一応ベッドの下も確認した。
しばらく番組のことが脳裏に焼きついてオバケと見えない戦いを繰り広げていたのだが、ある日トイレの中で答えに辿り着いた。オバケを否定するには科学を信じればいいのだと。その日から私は見たものしか信じなくなった。オバケなんて非科学的なものはこれまで見たことがないし、そんなものはいないのだ。
そうであってもオバケは怖い
そうなると科学的な視点でオバケの存在を再定義できる。オバケがいないに越したことはないが、仮にオバケがいて一般的に言われている性質に基づくならば、物理法則を無視してやってくる激ヤバ存在であるので怖くないわけがない。現代兵器が通用しない十分な脅威である。
また、オバケであろうとなかろうとベッドの下に潜り込んでいるヤツがいたら恐ろしいのは当たり前だ。でもよくよく考えてみると、科学を信じている以上オバケはいないわけなので、そうなるとなにかしらの生物が潜んでいることになる。知らない人間がベッドの下にいるほうがある意味もっと怖いが、同じ人間である以上、物理法則は無視していないのでそこは安心できる。
なので、人間はオバケという存在を信じている上で、その得体の知れなさに恐怖を感じているのであって、そもそも存在を否定してしまうか、仕組みがわかっていれば取るに足らないと感じるのである。
生成AIもオバケと同じ?
昨今のインターネットを騒がしている生成AIも同じことが言える。仕組みを雑に表現すれば、「行列計算による出力とそのパラメータを調整する仕組み」なのだが12、AIがどのように機能しているのかわからない人にとっては、結果だけを見てまるで魔法やオバケのような感じもするだろうし、想像を膨らませすぎて起きてもいない悪い状況を想像してしまい、恐怖に苛まれるのである。
では、怖いものをなくすにはどうするかだが、ひとつはその存在そのものを否定して消してしまえばいい。反AI派や反ワクチン派のように過度に特定の概念を否定して、なかったことにすれば考える必要もなくなる。しかし、一度現れたものはより上位のものに置き換えられるか、誰も使わなくならない限りは際限なく似たようなものが現れ続ける。そのたびに芽を摘むことは時間的にも労力的にも厳しいと言わざるを得ないし、問題の先送り感が残る。
もうひとつのもっといい方法は、教養を身につけて理解することで、できることとできないことを把握して、扱い方を学ぶことである。生成AIは集合知ならではの弱点もあるし、みんなが恐れているほどのことは起きない。包丁だって人を刺せば凶器だが、肉や野菜を切るなら便利な道具なのだ。そう考えると、むしろ恐れること自体が一番恐ろしいことなのかもしれない。
でもやっぱりオバケは怖いです。物理法則を無視するから。