LLMブームのおかげで誰でも考えていることを言語化して形だけでもモノが作れるようになったことは賛否両論ありつつも、目的に対する強力な実現手段が得られたことは喜ばしい。かくいう私も最近は怠惰なもので、会社のビジネス課題を解決するためのデータベースから値を読み出してコネコネして書き戻すような1おもしろくないコーディングはLLM任せになっていて2、一日中ガリガリと手を動かしてコードを書かなくて良くなったのはいいことだ。

しかし、あたりを見回すとLLMに振り回されている人もいて、特に基礎的な情報伝達手段のひとつである文章においては、本人に足りない言語化能力をLLMで補った結果、それが不自然だということに気づけない人もいるようだ。

絵文字混じりの箇条書きやまとめ、比較表を含んだコテコテのAI生成文書は正直見飽きてしまったが、まれに深刻な素材不足なのか書き手の意向なのかはわからないが、怪文書の域に達しているものも見受けられ、私はこれをAI怪文書と呼んでいるのだが、なんとも言えない珍妙さを感じて悪趣味ながら保存することにしているのである。

Footnotes

  1. いわゆるギョームアプリと呼ばれるもの。

  2. イマイチなところは指示し直しているので、知見は必要であると感じている。