趣味のありかた

新卒で入った会社の同期にある日「趣味がなくて困っている。なにかいい趣味はないか?」と聞かれて困ったのを思い出した。私の一族は明確にこれが趣味だと主張はしないのだが、それぞれのやりたいことをやる趣味の時間がある。これが父なら車での遠出やアマチュア無線だし、母はとにかく読書、私はプログラミングかコンピュータゲームといった具合で、そこに強い拘束力はないが、やりたいことをやるというのが趣味なのである。

つまり趣味が日々の生活に結びついていて、趣味がないというのも不思議に感じられるし、新しい趣味を模索するという考えもまったくなかったので、気の利いた助言はできなかったのだが、その同期なりに模索した結果、詐欺グループの投資セミナーに参加してきたとか、パワースポット巡りをしている最中に破壊を司る竜言語と再生を司る宇宙語を話す人たちと出会ったという話をしてくれたのだが、またそれは別の話。

拘束力があるか?

会社勤めだと何かしらの方便を使って仕事由来のイベントを断りたいことが出てくる。その日は家族と旅行に行くとか、通院するとか、前もって予約していた何かがあるとか、利害関係者が自分だけでない場合は理解も得られやすいが、私のようにやりたいことをやるのが趣味のような人間は特に誰かに依存しているわけではないので非常に断りづらい。そのイベントがやりたいことと照らし合わせて優先度が高くなるかどうかでしかないからだ。同じような理由で「今暇?」のような用件を言わずに余裕があるかを聞いてくる人も苦手だ。用件次第で優先順位が変わるからで、時間が問題ではないのである。

先日も会社で休日に開催される業務外の講演会の告知があって、業務外だからと完全に見送っていたのだが、開催数日前になって思いのほか人数が確保できなかったので、いよいよマズいと思ったのか、上長経由で参加のお願いが飛んできた。私は「勘弁してください」と言って断ったのだが、中にはそれでも家族と交渉して予定をつけて参加する人もいるようだ。しかし、仮にこれで家庭にヒビが入ったとしても会社側としては「参加できるから参加したんですよね?」と言えてしまうので、そこで忠誠心を示すのはちょっと違うようにも感じられる。

結論

人それぞれに大切にしたいことは異なるので、拘束力がなければ都合をつけられるだろうというのは横暴だし、いつもの週末を送りたいといった他愛ない内容であっても、その予定を変えさせるのは罪だと常々感じている。先約が優先されて当たり前だし、もしあとから予定を入れるのであれば、元の予定を超える魅力的な提案であるべきではなかろうか。