今や誰もがインターネットを扱うようになったばかりでなく、そのプラットフォーム上で自分の意見を簡単に全世界に向けて発信できるようになった。かつては通信資源や手段も限られていたが、いまや気軽かつ即時性のあるメッセージを送信することができるようになり、そのおかげで短文コミュニケーションが発達してきた。

しかし、我々は文章を短縮する技を磨いてきた一方で、長い文章を書いたり、文脈を共有していない相手に理解させたりする能力を失いつつある。SNSを見れば余計な一言や自己中心的な振る舞い、きわめて主観的な投稿によっていつも誰かが炎上している。我々は人間の一個体に過ぎず、さまざまな考え方を持っているので、全員が同調する意見や思想はないし、反感を買うこともあるだろうが、その表現の仕方によっては不要な争いを避けられるはずだ。

コミュニケーションの基本

自分の要求を押し付けない。 (1)命令→(2)依頼→(3)提案→(4)認知のうち、なるべく後に挙げた(数字が大きい)内容になるように言葉を選ぶ。指揮命令系統がある組織の中では命令や依頼が有効だが、立場が平等な関係では提案や認知の形に持っていかないと、いらぬ反感を招きかねない。

立場を利用しない。 近年ではダイバーシティやマイノリティ、社会的弱者といった道徳的優位性を利用してわざと自分が弱者になることで要求を通そうとする行為も見られるが、お互いに平等な関係でコミュニティに参加している以上、然るべき対話なしにして自分だけが恩恵を受けられる要求をするのは強引なやり方と言わざるを得ない。

ギブアンドテイクを意識する。 自分がそのコミュニティでどのくらいの貢献をしているか、信頼を得ているかによっても要求できる限度がおのずと定まる。コミュニティに属した直後でなんの貢献も果たしていないのであれば、できる要求のうち最大のものは提案であるし、ある程度は自分からの持ち出しが必要になる。

問題に対しては解決策を模索する

感情や立場をぶつけ合うのは不毛である。 基本的に感情や立場というものは他者が測りにくいものであるし、人によって受け取り方も違う。誰しも何かしらの事情は抱えているわけで、多忙や不幸自慢をしても収拾がつかないし、論点を自身の境遇にすり替えてもいるので、終わりが見えない。

妥協点を探る。 対話によってお互いに歩み寄れる可能性があれば、先にある程度の譲歩を宣言することで相手の譲歩も引き出すことができる。テイカーに対してギブを提示することでバランスをとっているに過ぎないが、テイカーからすれば一方的にギブを受けている錯覚に陥り信頼も獲得できるので、きわめて有効な手段と言える。

論理的に捉える

怒りに動揺しない。 怒りや悲しみという感情は課題が積み重なった結果として発現したものであり、そこに課題はない。何かしら抱えている悩みがあるものの、うまく言語化できず、解決するための手段が見つからないが故に感情に頼っているだけである。したがって、怒っている人に対して反発するのではなく、傾聴の姿勢をとって何が根本的な課題なのかを捉える必要がある。

論点のすり替えを許さない。 相手が誤った二分法ストローマンをはじめとした詭弁を使ってきていないか注視する。すり替えに気づいた時点ですぐに論点を整理して、話題が発散しないように心がける。

相手に喋らせる。 相手から無礼な言葉や理解に苦しむ言葉を投げかけられたときは「それはどういう意味でしょうか?」「そういう風に思う理由をお聞かせください」等、相手に説明を求めて、主張に対してひとつずつ確認をとることで、ほかの解釈の余地をなくして後出しによる解釈の捻じ曲げを防ぐ。