すいかの名産地はOld MacDonald Had a Farmのメロディを元にした日本の民謡である。ゆかいな牧場もメロディ自体は同じである。民謡に対してケチをつけるのは無粋ではあるものの、歌詞に注目すると非常におもしろいことがわかるのだが、この詩には事実上の主語が出てこない。

ともだちができた すいかの名産地
なかよしこよし すいかの名産地
すいかの名産地 すてきなところよ
きれいなあの娘(こ)の晴れ姿 すいかの名産地

https://www.uta-net.com/song/46464/

誰に友達ができたのかもわからないし、すいかの名産地なるものがどこにあるのかもわからない。そして仲良しなのは誰と誰なのか?という疑問を抱えたまま、すいかの名産地はすてきなところだと言われ、話が進んでいる。かと思いきや関係性がわからないあの娘の晴れ姿1がでてきて謎が謎のまま終わる。わかったことはすべてがすいかの名産地で行われたことだけだ。

コミュニケーション能力

これを書いたのは2026年の春のことで、世間は入学式や入社式の話で大賑わいだ。特に新卒の話題には事欠かないが、インプレッション稼ぎの投稿もあり、どこまで本当で嘘なのかも見分けがつきづらくなってきている。しかし、社会人に求められることは何か?という問い対してはどこの会社も口を揃えてコミュニケーション能力がある人と答える。逆に能力があっても協調性のない人2は採らないという会社もあるほどだ。

コミュニケーション能力があるというのはどういうことか?を考えると、パリピで陽キャとかオタクに優しいギャル3みたいなものを想像する人もいるが、それは性格や性質のステレオタイプとして表出しているだけであって、本質的にはメタ的な視点と情報伝達能力を兼ね備えていることだ。協調性があるからパーティのような団体行動ができるし、相手の立場に理解を示しているからこそ適切な距離の対話ができて、オタクに優しいギャルはオタクから見れば優しいのである。

説明不足は損

すいかの名産地の歌詞に話を戻すと、社会人でもこの歌詞のような話し方や書き方をする人が一定数いる。直接対面で話しているときにはすぐに疑問点も聞けるし、認識違いも正せるが、書き言葉になると互いに時間が開くので、ちょっとした主語の確認であってもかなりの時間を要してしまう。そして、いつどこでだれがなにをしたという基本的なことすら押さえることができず、話がどんどん進んでいってしまうのである。

こうなる理由はいくつか考えられるが、どれも主観が強く相手に負担を強いるコミュニケーションになっていることは共通しており、自分の言葉が相手に通じると思い込んでいるとか、自分独自の解釈を抱えていてそれを他人に説明できない、あるいはしない等の特徴が見られる。こうなるとコミュニケーションのコストが大きいばかりでなく、誤解を招きかねないのでみんなにとって想像以上の負担となる。

会社であれば運命共同体なので、根気良く話を聞いてくれる人はいるが、私生活では同じ文脈を共有している人にしか通じないし、そうでない相手に対しては、どうして言っていることが理解できないのかと怒りを噴出させることもある。自らの思い込みによって自身を含むみんなを損させているが本人はお構いなしだ。コロナ禍でリモートワークを推進したものの、出社回帰を宣言する会社が徐々に増えてきたのは、こうしたコミュニケーションコストの高さも一因にあるのかもしれない。

Footnotes

  1. 解釈によってはNTRされたとも考えることができる。

  2. 俗に言うブリリアントジャークのこと。

  3. そんなものはいない。